洋服への執着は狂気か:「点と線」のファッション論

村上春樹のある短編に、服への執着心がすごい奥さんを持った主人公がいて、
その主人公は、奥さんを亡くした後、その奥さんの服を雇ったメイドに着せてしまうのです。

服への執着はつまり、自分の容姿などに対する劣等感の象徴として描かれています。

では一般的に言って、ファッションへの関心は、自分自身に対するコンプレックスの現れなのでしょうか。

(というかファッションについて何か書くなんてことが、それこそ狂気ですが)

「ファッション」

ファッションつまり、英語のfashionにはいろいろな意味があります。

「流行り」、いわゆる「ファッション」、それから「方法」なんて意味も。

fashionableとか、fashionistaみたいな言葉に派生しています。

昔は、女性は「ファッション」を求めて、男性は「スタイル」を求めるなんて言われていたみたいです。

フランスの哲学者(?)ロラン・バルトも『モードの体系(Système de la Mode, The Fashion System)』という本を出しています。

「ファッション」は、やはり多方面から語られることが多いテーマですね。

「点」と「線」

出ました。よく聞く「点と線理論」。

点と点を結んで線になるとか、点は1次元で線は2次元だとか。

会計の観点からいうと、貸借対照表は点で、損益計算書は線らしいです。

つまり、この汎用性の高い理論を、「ファッション」にも当てはめてみようというわけです。

点の側面

例えば、結婚式の披露宴に出席するとします。

男性なら、そんなに目立ちすぎない紺とかのスーツを選んで、
女性なら、シックな感じのドレスとかでしょうか。

その「場」という「点」に合わせたファッションをするわけです。

成人式なら晴れ着とか。

雨の日はゴム底の靴で、雪の日は歩きやすいブーツを。

ファッションには、そういう「点」の側面があると思います。

「線」の側面

この点が、点々と続いて線になりますね。

または、トライアンドエラー(試行錯誤)の連続とも言えるかもしれません。

今日のコーディネート、なんかパッとしなかったな・・・。
じゃあ明日は、ああしようか。とか。

今日の結婚式、白のドレスでめっちゃ自分浮いてたな・・・。反省。
とか。

つまりファッションは、こういう試行錯誤の連続でもあると思うのです。

「線」が「点」として現れる

ファッションとは、毎日の生活習慣や、今までの人生で作り上げられてきた性格が、ある一点に表出したものなのかもしれません。

確かに、洋服や身の回りの装飾品に過度の関心を払い続けるのは、いささか狂気じみているとは思います。

しかし、(それは美点か汚点か分かりませんが、)ある人間の一点を表すものとして、ファッションを考え直してみてもいいのではと思うところであります。

さて次回は、ファッションを「」で捉えていきたいと思います(嘘です)。

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