『これはパイプではない』フーコーのマグリット観

初めまして。Webメディアの会社でインターンをしていることもあって、何か自分でもアウトプットしたいなーと、何となく思っておりまして、ついに(?)始めてみました。

大学のテストに出た、フーコーのテクストについて書きます。

ミシェル・フーコーの『これはパイプではない』という本です。
フーコーはマグリットが好きみたいですね。

この本の表紙にもなっているマグリットの絵のなかには、
丁寧に描かれたパイプの下に「これはパイプではない」という説明が加えられています。

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「クレー、カンディンスキー、マグリット」

近現代西洋絵画の授業のテストだったのですが、

フーコーの著作『これはパイプではない』の「クレー、カンディンスキー、マグリット」の章について何か書け!

という問題が出ました。(まあ事前にアナウンスされていた内容ですが)

フーコーはpipeというものを3つの次元で見ているように感じました。

1. 概念としてのパイプ

概念としてのパイプとはつまり、ソシュールのいう、シニフィエのことです。

例えば「犬」というシニフィエ(概念・コンセプト)は、
日本語では「いぬ」、英語では”dog”というシニフィアンとセットになっているのです。

イギリスの大学で授業受けていたとき、この、
「シニフィエとシニフィアンはセットなんだ!」ということを何度も口すっぱく言われました・・・。

2. 象徴としてのパイプ

象徴とはつまりsymbolのことなんですけど、フーコーは確かテクスト中でanalogueとかいう言葉を使っていたかと思います。

symbolとは何らかの関連を持って、何かを表すものです(?)。

例えば、トイレの前にある、紳士っぽい絵と淑女っぽい絵は、
それらが、それぞれ男性用・女性用トイレであることを表すシンボルです。

ただ例えば、「曇り」は「雨」のシンボルではありません。
物理的(あるいは他の何らかの)因果関係のあるものは、兆候(indicia)と言われます。

難しいですね。全部ソシュールのせいです。

3. 記号としてのパイプ

記号としてのパイプとは、分かりやすいですね。
日本語の「パイプ」、英語、フランス語の”pipe”がそれです。

フーコーは何が言いたいの?

フーコーはこの章の冒頭で、

西洋美術において2つの規則が、それを制約してきた。
一つはplastic representation (resemblance) で、もう一つがlinguistic referenceだ。

と言っています・・・。意味わから。。。ん?

つまり絵画において重要だった考え方は、
絵は象徴(見た目が似ている)であるべき的な考えと、言葉(記号)は指示対象を示すものだって考えです(おそらく・・・)。

絵画はそれまで写真的な目的に使われていたことと、
神様が、動物たちをそれぞれ名付けていったことからも、その考え方は納得できます。

しかし、フーコーはこう考えます。

(1) クレーが、記号と象徴の関係を揺るがせた!

パウル・クレーは「クレーの日記」というのが有名で、日記に色々絵を描いていた(?)ようです。
つまり、記号的(言語的)アウトプットと、象徴的(絵的)アウトプットが同時に行われていたわけです。

それまでは指示・被指示という関係であった、記号と象徴の関係を、クレーが揺るがしたと、フーコーは考えるんですね。

(2) カンディンスキーが、象徴と概念の関係を揺るがせた!

カンディンスキーの絵といえば、抽象的ですよね。

例えばピアノを、ぐちゃぐちゃ〜って描いて、ピアノの音を表現したりします・・・。
つまり、それまで、絵は概念を象徴するものであった。

そういった関係をカンディンスキーは覆していると言えます。

結局フーコーは何が言いたいの?

やっとここまできました。

テクストでは、クレーが記号と象徴の関係を、
カンディンスキーが象徴と概念の関係を揺るがせたと言っています。

じゃあマグリットは・・・。

本文中には明言されていませんが、マグリットは記号と概念の関係を揺るがした。

と、フーコーは考えていると思います。違うかもしれません。

実際にテクストの中で、パイプのPを横にすると、パイプの形っぽいよね。とか言っています。

しかし、おそらく本質的なのはそこではなくて、

話は初めに戻りますが、

シニフィエと、シニフィアンの関係のことを言っているのではないでしょうか。

フーコーは他の著作で、the act of naming ということを書いています。(翻訳ですが)

つまり、シニフィアンの生成(?)、名付けるという行為に関心があったことがわかります。

まとめ

ここで用いている用語は、若干適当に扱っているので、正確性のある記述では全くありません。
フーコーのマグリット観について、書いてみました。

マグリットの絵を鑑賞する際の何らかの視点になるかもしれません。

最後に、
グーグル先生!インデックスに載せてください!

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