バルザック『知られざる傑作』について。

大学の課題でバルザック『知られざる傑作』の読んだので、備忘録として。

要約

みすぼらしい格好をした一人の新米画家が、パリのグラン・ゾキュスタン通りに面した画家フランソワ・ポルビュスのアトリエを訪ねる。そこに一人の老人がやってきた。彼は、その老人、つまりフレノフェール画伯とともにポルビュスのアトリエに入ることができた。彼の注意はすぐに一枚の絵に引きつけられた。その絵はすでに名作とされており、何人かの愛好家がすでに見に訪れていた。それは「エジプトの聖女マリア」を表していた。「君の聖女は気に入ったよ」とフレノフェールはポルビュスに言った。しかし、それは「表現」されていないという。ポルビュスはフレノフェールとともにアトリエを訪れた画家に対し、「マリア」をデッサンするように言った。彼はそのデッサンにニコラ・プッサンと署名した。その後、フレのフェールが「マリア」に筆を入れる様子を、ポルビュスとプッサンは熱心に見守る。そうして、「マリア」は生命を伴う色調の統一を与えられていった。

プッサンとポルビュスが出会ってから3ヶ月後、ポルビュスがフレノフェールに会いに行くと、彼は例の絵「美しき諍い女」を仕上げるのに苦労していた。そこでポルビュスはプッサンの恋人ジレットをその絵のモデルにすることを勧め、フレノフェールはそのかわりに、その絵をポルビュスとプッサンに見せることを了承する。フレノフェールはその絵の「女」を自分の女だと言い、はじめはそれを彼らに見せることを拒んでいた。フレノフェールはポルビュスに、「君は私に外套を脱ぎ捨てるように、十年来の幸福をあっさり手放せというのか。いきなり私が父でもあり恋人でもあり神であるのをやめるようにと。」と言う。ポルビュスはその言葉にこもる情熱の荒々しさに驚く。フレノフェールはその絵はもうできているとも言う。しかし、彼はジレットを見て身震いした。そしてモデルにすることで、その絵を完成へと導く。強い好奇心に惹かれて、ポルビュスとプッサンはその絵を見るためにアトリエの中に走り込んだ。しかし、そこで彼らが目にしたのは、カンバスの隅に素足の足先が、そこに積み重ねられた絵の具の中から突き出ている様子だった。フレノフェールは10年を費やしてもその絵を完成させることはできず、悲観に暮れるのであった。そしてフレノフェールは後日その絵を燃やした後に命を絶った。

フレノフェール画伯の芸術観

 「『フレンホーファー、フレンホーファー、あれは私のことだ』」(ガスケ, 2009, p.110)とセザンヌは言う。セザンヌの芸術観とフレノフェール画伯の芸術観は多くの点で一致していたのだろう(佐野, 2004)。佐野(2004)はフレノフェールの発言から当時のアカデミー絵画に対する批判を読み取り、「アカデミー絵画の制作は、師から弟子に方法が教授されるもので、(…)こうした画家には、伝授された型の中でしか、(…)対象が見えず、生の自然を描くことも感じることもできない」(p.40)とまとめている。また、佐野(2004)はアカデミー絵画の制作方法を白黒写真に色を重ねてカラー写真にするようなものだと形容していて、決定されている固有色を、デッサンの上に重ねていく制作過程において、色彩はデッサンや構図に比べ二次的であったとされる。そのうえで、佐野(2004)は『知られざる傑作』が完成した1837年当時、こうした色彩を重視するフレノフェールの芸術観は極めて前衛的であったと述べているが、現代芸術つまりモダニスム絵画以降の視点から見ると、それはやはり「19世紀的」であるといえるだろう。「19世紀的」だといえる理由は、絵画が画家の手を離れていないということだろう。フレノフェールは「美しき諍い女」について以下のように言っている。「それはカンバスではない、女なのだ。(…)君は私に外套を脱ぎ捨てるように、十年来の幸福をあっさり手放せというのか。いきなり私が父でもあり恋人でもあり神であるのをやめるようにと。」つまり、画家はその絵の創造の秘密を知っている「父・神」であり、絵画は画家の「所有物」であるという考えかたで、これは「創造主」を措定するキリスト教的・神学的信憑の上に成り立っている。また、こうしてどれだけ絵画の概念に疑問を投げかけても、人間の前に現前する「自然」を主題とすることを疑わないという点も、フレノフェールひいてはセザンヌの芸術観が「前」近代的といえる理由の一つだろう。

最終的にフレノフェールは「美しき諍い女」を色彩の混沌で塗り込めてしまったことに対して絶望し、命を絶ってしまう。しかしこれも、絵画を「所有物」と見なしているが故の帰結であるといえるだろう。

参考文献

ガスケ. 2009. 『セザンヌ』. 與謝野文子訳. 岩波書店.
佐野栄一. 2004.「セザンヌと『知られざる傑作』(II)」. 流経法學. 4(2), pp.31-52.
バルザック. 2016.『知られざる傑作』. 伊藤幸次訳. グーテンベルク21.

広告